0509

120509オオカミガール再来

Fontgrapherをバージョンアップしたので、慣らしの意味も兼ねてフォントをブラッシュアップ。
 
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#24、カタカナフォント「オオカミガール」を全文字リシェイプしてOpenTypeフォントとして作り直しました。今までカナフォントはTrueTypeの1byteだったので、アルファベットにカナを割り当てていました。つまり、キーボードを見ながら「w」を打つと「テ」というように、一文字ずつキーボードと見比べながら打たなければならなかった(便利なツールもあるようですが。)のですが、今回はバッチリ。普通に日本語としてタイピング出来ます。(カタカナのみのフォントですが)
 
ダウンロードはこちらから。
この調子で過去のカナフォントをすべてOpenTypeフォント化したいのだけど、昔のはどうしても手を加えたくなってしまい、結局手間がかかるので、その前に新しいフォントを(久しぶりに)出したいと思っています。
 
また、フォント作りの再始動として、Facebook上に「LVDC FONT」というFacebookページを作成しました(実際は結構前から存在はしていたのですが…)。併せてご贔屓によろしくです。

0506

120506気付かずに済んだ隙間

長男と実家に一泊。
 
帰る度に倉庫として使っている実家の自室の本を片付けているのだけど、その都度、時間の経過が執着を削ぎ落とし、様々なものに少しずつ未練が無くなっていく。
 
小説、漫画、下積み時代の仕事関係の本まで。結局100冊くらい処分した。
全ての本が思い出いっぱいと言う訳ではないが、開けば当時の空気が蘇り、後ろ髪を引かれてしまいそうで、全て無感情に処分した。
 
一番処分したかった かつて書いた戯曲の数々や、渾身の思いに溢れた文章たちは、今回も捨てられなかった。近づく事さえ出来なかった。
 
執着や未練は、見て見ぬ振りをしているだけで、結局何一つ削ぎ落とされてはいないのかもしれない。いつか上辺の不要品だけでなく、過去そのものが捨てられるようになるのだろうか。
 
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120503後光

幾原さんにお誘いいただいて、J.A.シーザー様のコンサートへ。
 
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この間の奴婢訓を観に行ったとき、コンサート情報を得て、行きたいけど連休どうかな〜?と思っているうちに売り切れてしまっていたので、まさか座ってみれるとは思っていなかった上に、お誘いくださったのが幾原さんとは…!
という、始まる前からすでに卒倒しそうなイベント。
 
立ち見のお客さんもとても多く、異様な興奮に包まれての開演。
ウテナファンなら誰でもテンションの上がるあのイントロが鳴り響き、一曲目から「絶対運命黙示録」というスタート。
生歌での迫力とともに、幾原さんの隣で耳にすることになるとは思っていなかったので、鳥肌立ちっぱなし、感激で涙まで。
 
ウテナ使用楽曲以外も大好きだったので、一曲一曲がほんとうに素晴らしく、そのいずれもが一本のお芝居を見ているようで濃密で贅沢な空間。
 
左側から懐かしい思い出話を話している人がいたのでちらっと横を見たら、まさかの蘭妖子さん。
なんだか歴史の証人になれた様な、本当にかけがえのない時間でした。
 
「越後つついし親不知」「母恋しや珊瑚礁」など、生で聴ける日が来るとは思っていなかった名曲の数々に本当に震えっぱなし。
そしてラストの「山に上りて告げよ」は本当に圧巻!
折角なのでフジロックとか、でかいとこでブチかましてほしい!芝居好きは勿論、音楽好きに聞いてもらいたいような珠玉の名曲たち。今日やらなかった曲でも素晴らしいのは沢山あるので、また何かの機会に聞けたらいいなぁ…なんて。
 
終演後、楽屋にて直接お会い出来て嬉しかった。
その昔、万有引力のアンケートに「デザインやらせてほしい」というようなことを(生意気にも)書いたのですが、懺悔出来て良かった(笑)。
幾原さんの計らいで自己紹介出来たのも良い思い出。
 
本当に忘れられない一日になりました。
終演後、久しぶりに幾原さんとゆっくりお話し出来たのもこれまた嬉しい経験でした。
その人間らしさを目の当たりにすることは、やはり嬉しいもので。いつまでも神様を崇め奉っていてはいけないのだ。少しは役に立たねば、何の恩返しにもならないしね。

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4月のまとめ
 
tumblr1204
 
いつものかんじですね。

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120420クライマックス

自分の今まで作ったものを全て否定してしまいたくなる様な日。
それでも継続している仕事などは、過去の自分の作った“縛り”のなかで作業しなければならなかったりして悶々。
 
今までもこういう事は何度かあって、その度に、新しいステージに突入したんだな、とある程度好意的に受け止めるようにしていた。
しかし、何度もこういうブラッシュアップ(と思いたい)を繰り返すごとに自分が、一点突破する鋭さよりも、総合力でどうにかするバランス型に作り替えられて行っている気もする。
 
物事を俯瞰で見たり、大勢の人に伝わりやすいデザイン、ってのはプロならば喜ぶべき進化なのだけれども、
魂焦がして血肉を注いで、伝わる人が僅かといえども虜にする、少年の無垢な祈りの様な、少女の熱烈なラブレターの様な、そういうのが作れなくなってしまっているのではないかと、とても不安になる。
 
もっともっとリズムのように。自戒を込めて。

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120410一度みた夢

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春満開。

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石神井川沿いを家族で歩きながら、まったり花見。
 
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毎年この季節になると、高校のとき参加した劇団の芝居を(当時の仲間の顔とともに)思い出す。
言うまでもなく、みんな相応に歳を重ね、素敵な大人になっているのだろうけれど、思い出の中ではいつも10代のガキのまんま。
記憶の中のキラキラした少年たちに恥じないように、歳を重ねないとね。
 
脳内BGMはパッフェルベルのカノン。終わっては始まる旋律が、散ってはまた翌年咲いて行く桜のようだ。
 
今でも大事な宝物。