0512

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130512 / days

昔は何かを買う事、集める事でストレスを発散したりしていたのですが、最近は捨てる事の方がストレス発散になる気がする。
それでもなかなか思い入れのある物たちは捨てられなく、「思い出の品」のようなものはつい大事にしてしまったり。
 
先日、ついに昔の言葉たちを捨てた。
かつて書いた芝居の構想だったり、想いだったり、といった自分で書いた様々な物を捨てた。
大事な物を捨てた、のではなく、大事でなくなったから捨てた、ということなので結局は大事な物は捨てられないのかもしれないけれど。
 
文章を書いていた頃、「今文章にしているようなことが、ある日感じることができなくなったら絶対に嫌だな」と思っていた。
だから必死に見える景色や感じる温度を書き留めていた。
 
しかし感じられないどころか、言語化されていた物を読んでも、まるっきり理解出来なかった。
当時の文章表現の拙さをさっ引いてもなお。
 
良くも悪くももう面影はないということだ。
昔の面影のまるでない私は、もう誰でもないのかもしれない。
 
いざというときのために取ってある復活の呪文も、今や効果がないのかもしれない。